2022年2月15日火曜日に、九州交響楽団の皆様とアンリ・トマジ作曲のトロンボーン協奏曲を演奏させていただく。
ただでさえトロンボーンという楽器は、ピアノやヴァイオリンと違ってソロ演奏の機会が少ないだけに、「オーケストラとコンチェルト」という機会は、人生の中でもそう何度もあることではないだろう。
このような貴重な機会であるし、私自身の記録のためにも、演奏会への抱負、私なりの曲目の解釈を綴っておこうと思う。
オーディション
まずこのような貴重な機会は、文化庁の事業「新進演奏家育成プロジェクト」というもので、若手演奏家が各地方オーケストラとコンチェルトを演奏するというものであり、事前オーディションを経て今回いただいたものだ。
オーディション会場は福岡だったため、自宅がある東京から飛行機に乗ってホテル泊をしながらオーディションに臨んだ。地元が九州とはいえ、慣れない都市でのオーディションは、留学していたドイツでも日本でも、不安は大きい。
ましてや年齢制限ギリギリで受験している私は、最初で最後のチャンスということになる。
今回初めてご一緒させていただいたピアニスト、垣坂純代さんとオーディション2日前から入念にリハーサルを行った。リハーサルでは垣坂さんの素晴らしいピアノに支えられ、そんな焦りや不安をかき消すかのように、自分1人での練習では出なかったアイデアや演奏イメージがたくさん沸いて、共に演奏することの喜びをたくさん感じることができた。
、、、しかし実際のオーディション本番では、暗譜が飛んだり、曲中で使用するミュートを控室に忘れるなど、かなりパニックな状態で、残念ながら演奏を純粋に楽しむ余裕はあまりなかったように思う。。
そんな演奏ではあったが、ありがたいことに審査員の方々に選んでいただき、合格の通知を頂いた時は、とてもホッとした気持ちがして、とてつもない貴重な機会を頂けたことに興奮した。
東京に戻ってから合格か不合格かもわからない状態で、気持ち的にふわふわした日々を経た後の合格通知だったので、喜びも大きかった。
プレッシャーとワクワク
大人数のオーケストラを後ろに、そして前では大勢のお客様の前で演奏するわけなので、何も不安がないと言えば、嘘となってしまう。
先ほども申し上げたが、オーケストラとコンチェルトを演奏するというのは人生の中でも滅多にないことなので、どうしても成功させたいという気持ちがプレッシャーとなってくる。
ましてや、今回共演する九州交響楽団のトロンボーン奏者は大学時代の同期でもあるし、オケの中にも知っている方々がいらっしゃる。私の師匠や私の知らないたくさんのトロンボーン吹きも聴きに来てくださるだろう。
そのような方々の前で演奏させていただくのは、さらに少し勇気がいる。
実際日が近づくにつれて、普段気にもしない小さい調子の変化や音の細かいミスに気が集中してしまい、余計なことに不安を覚える。
ただ、それと同時に楽しみやワクワクもたくさんある。
まず、オーケストラとの共演。
普段はCDで聴いている音が、生の現実の音となって目の前に具現化され、自分がその大きな音の渦の前で共に演奏できることは、本当に楽しみだ。後述するが、トマジのファンタジー溢れる音楽がどのように目の前で響くのか、とても興味がある。
指揮者である、飯森さんとの共演。
テレビや演奏会で遠いところから拝見してきた指揮者の方と、共に音楽を作ることができることはとても光栄なことで、嬉しい。先日行われた都内での事前のリハーサルでも、的確なアドバイスとたくさんの励ましのお言葉を頂いたおかげで、演奏の方向が整理され、気持ち的にも落ち着いて本番に臨めそうだ。
そして、家族やたくさんの知り合い、たくさんのお客様と音楽を共有できること。
こんなに素晴らしい機会であっても、演奏を聴いてくださる方、音楽を共有できる方がいなければ、寂しいし悲しい。コロナ禍にも関わらず、演奏を聴きに来て下さるお客様には本当に感謝するし、何より演奏を楽しんでいただきたい。
今回演奏させていただくトマジのコンチェルトは、いわばトロンボーン協奏曲の中でも王道中の王道のような曲であり、コンクールや試験で演奏される頻度が非常に高い。
それほど曲の中身が濃く、トロンボーンの魅力や、各奏者の個性をより強く感じれる内容になっている。トロンボーン協奏曲の中でも、音楽的にも作品の質的にもかなり高度なものだ。
そのような素晴らしい音楽をぜひ多くの方と共有できれば、演奏家としてこの上ない喜びだ。
アンリ・トマジ / トロンボーン協奏曲
この記事を演奏会前に読む方はごく少数かもしれないが、来週の演奏会でさらに面白く聴いていただく手助けになればと思い、このトマジのトロンボーンコンチェルトについて、
私なりの解説、解釈、どのようなイメージで演奏をしたいかなどを少しだけ記述しておこうと思う。
アンリ・トマジ
まずは作曲者について。
この曲の作者であるアンリ・トマジはフランス出身の作曲家・指揮者。両親がコルシカ島出身(フランス本土から少し離れた、イタリアの真横にある地中海の島)らしく、作品の中にもコルシカ島に由来するものがある。
Wikipediaの情報によれば、「創作の源は地中海にある」と彼が語っていたそうなので、作品には地中海に影響されたものが多いのかもしれない。
実際このトロンボーンコンチェルトのイメージも、私の中では「海」を想像していたので、かなり合点がいくところだ。
作曲家としては管楽器の作品を多く書いており、トランペットのコンチェルトも有名である。その他にも交響曲や室内楽曲、歌曲、オペラなど様々な作品を残している。一方、指揮者としても活躍していたようで、大きなコンクールでの受賞やモンテカルロ管弦楽団の音楽監督も務めていたようだ。
この作品の魅力
トロンボーンだけでなく金管楽器の協奏曲に多く登場するキャラクターというのは、総じて「英雄的」だったり「外向的」で、煌びやかだったり、堂々としたもの、派手なことが多いのだが、このコンチェルトではそのような方向性とは違うように感じる。
この曲がフランス音楽だからなのかもしれないが、この作品はもっと色彩が豊かで、感情の複雑さ、物語性に溢れる品性の高い作品だと私は思う。
例えば、半音進行による少し不気味な雰囲気と優雅な歌のフレーズが入り混じっていたり、かと思えば滑稽なキャラクターが現れたりと、まるで童話を聴いているかのようなファンタジー性の高い作品のように思う。
そして、この作品の中には「スケルツォ」や「ワルツ」、「ブルース」など音楽的に様々なキャラクターが登場するが、それぞれの音楽の統一感が保たれているのが見事である。
オーケストラの楽器の使い方も秀逸で、楽器の特徴をうまく使い、オーケストラにも随所で見せ場がある。滑稽な表情やシリアスな場面をより効果的に表現しており、物語性を強く感じることができる。
聴きどころ
曲が色彩豊かで複雑なだけに、演奏者にもその表現能力がかなり問われているのではないだろうか。
私もこの作品は幾度となく異なる奏者で聴いてきたが、表現は多種多様に感じる。テンポやフレージング、強弱の付け方など、人によって様々である。もちろん私自身にも様々なこだわりがある。
当然全てのこだわりを書くわけにもいかないので、初めてこの曲を聴く方に向けて、私なりの作品の聴きどころを僭越ながら少し記しておく。。
冒頭のソロトロンボーン
この曲の冒頭はトロンボーンのカデンツァのような曲想から始まり、しばらくはトロンボーン1本で音楽の大部分を作らなければならない。そして更に、そこで演奏されるフレーズは大変重要で、その後幾度となくそのフレーズたちはいろいろな形に変えて使用されていく。
ちなみにこの最初のカデンツァは演奏の難易度的にも難しく、金管楽器には難しいとされる高音域やppでの演奏、さらに音程の複雑さなど、いろいろな要因が絡み合いながらの演奏となる。
最初からトロンボーンソロに重要な役割が与えられており、技術的にも難しいところではあるが、ソリストはそこでどのような表現をするのか、一つの注目ポイントであろう。
様々なキャラクターとキーフレーズ
先述の通り、この作品には「スケルツォ」「ワルツ」「ブルース」など様々なキャラクターが出てくる。そのキャラクターの違いは聴いてはっきりと伝わるだろう。
1楽章の途中から現れる「ワルツ」では単に三拍子が続くだけでなく、ヘミオラのリズムで躍動感が増し、2楽章中盤の「ブルース」では哀愁漂うおしゃれな響きや優美なフレーズを聴くことができる。「Tambourin」(鈴のついたタンバリンではなく、プロヴァンス太鼓の意)と名付けられた3楽章は、終始太鼓を叩きながら激しい踊りを踊っているかのような高揚感と緊張感のある音楽が続く。
各キャラクターが出現するところでは、多くの場合ソロトロンボーンが冒頭に演奏するこれらのキーフレーズが使用されることが多く、オーケストラにも頻出する。(譜例①参照)

半音進行の多く、なんとも不思議で不気味な感じのフレーズだが、同じフレーズでも出てくる場面によって印象が全然異なるので、ぜひこのフレーズに注目していただきたい。
例えば2楽章のブルースではこのフレーズが使われている。(譜例②参照)

さて次のこちらのキーフレーズは、海をイメージしている私は勝手に「波のモチーフ」と名づけている。どの楽章でも頻出し、さざ波のようだったり、幅広い大きな波だったり、いろいろな表情で出てくる。(譜例③参照)

例えば、オーケストラ伴奏の中で譜例①で示したフレーズと掛け合わせで使われていたりする。(譜例④参照)

様々な音楽的キャラクターが出てくるのにも関わらず、どこか統一感があるのは、このような仕組みがあるからだろう。
オーケストラにも様々なキャラクターと以上述べたフレーズたちが出現するため、ソロトロンボーンだけでなくオーケストラにも、ぜひ注目して聴いていただきたい。特に木管楽器は随所で重要なソロが現れる。
海をイメージするような曲想
先述の通り、アンリ・トマジは地中海から作品のインスピレーションを受けていたようなので、この作品にも「海」を彷彿させるようなフレーズやリズムが多く存在する。
先ほど述べた「波のモチーフ」などのフレーズや、譜例⑤のような場面において、押し寄せては引いていくような音楽が随所として現れ、まるで海の波をイメージしているように感じる。

譜例⑥のような2楽章の伴奏のリズムでも、海がチャプチャプ音を立てながら揺れ動いているように私は感じる。

ミュート
この作品ではミュートを二種類使用する。ストレートミュートとカップミュートだ。

どちらも2楽章にて使用する。
金管楽器に詳しくない方が「ミュート」と聞けば、単なる「弱音器」としてのミュートを想像されるかもしれないが、この場合は違う。
ミュートの種類によって、出てくる音色が全然異なるので、この場合は作者がこのミュートを使用したトロンボーンの「音色」を求めている。
ストレートミュートを使用した際の音色は、少し金属的になり音の響きが抑えられた感じになる。
2楽章において、ストレートミュートはブルースの場面などで使用されており、まるでブルースが古いラジオから流れているような音色になるかと思う。
一方、カップミュートは先端に受け皿のようなものが付いているおかげで、音が籠る。
このカップミュートが使用されるフレーズというのは、2楽章最後に出てくる。実はこのフレーズは2楽章冒頭のメロディーの音価を半分にしたもので、この籠った音色で演奏すると、まるで冒頭のメロディーを懐かしく頭の中で思い出しているかのような印象を私は受ける。
それぞれのミュートの音色にも注目していただければと思う。
意外とけっこう出し入れが忙しくて、抜き差しを忘れないように気をつけたい、、、笑
今回は以上です。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
最後に、、、
このコロナ禍の中、演奏会にご来場いただく皆様、本当にありがとうございます。
少々詳しく書きすぎて自分の演奏のハードルを上げてしまいましたが、聴いていただく際の手助けができていれば、幸いです。当日は気をつけてお越しください。
私もこの貴重な機会に感謝して、トマジの音楽を皆様と存分に楽しめるよう、できる限りの準備をいたします。
それでは!
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