「君の演奏は説得力が足りなかった」
以前、ドイツのあるオーケストラのオーディションを受けた際に、オーディション後に1人の団員から言われた言葉です。
当時の私は全くこの言葉が理解できず、「テキトウな事言いやがって」と内心思い、聞き流していました。なんか言葉的に胡散臭いし、、、。
しかし、どうしてもこの言葉が記憶の奥底に残っていて、ずっと私から離れませんでした。
そして、そのオーディションからは時が過ぎ、ある日とある演奏を聴いていて、「説得力のある演奏だ!!」と強く感じる事がありました。その演奏はとても魅力があり、もっと聴きたいと惹きつけられました。
そして当時のあの言葉の意味を、「あーこれが説得力か。」とほんの少しだけ朧げに理解した気がしたのです。
、、、と同時に疑問に思いました。
なぜ自分はその演奏に対してそう思ったのか?どうすれば自分でも、このような説得力のある演奏ができるのか?
今回は自分自身のためにも、この疑問に対して自分なりに考えてみようと思います。
そもそも説得力とは
まずは単純に、言葉の意味から考えてみようと思います。では説得とは一体何を意味するのでしょうか。
【説得】よく話して納得させること。「ー力がある」
広辞苑
辞書には「説得」についてこのように書かれています。
はい。
説明が簡潔すぎて、びっくりです笑
これでは情報が足りないので、さらに「納得」とはどのような意味なのか調べてみます。
【納得】承知すること。なるほどと認めること。了解。「ーが行く」
広辞苑
少し情報が増えました。
二つを合わせると、説得力というのは「よく話して、なるほどと認めさせる力」ということになります。演奏においては、話す量(演奏する量)は決まっていてあまり関係なさそうなので、今回は省略します。
つまり演奏においては、聴いてもらう相手に対して「なるほどと認めさせる力」というのが言葉上の説得力ということになりそうです。
たしかに良い演奏を聴いてる時って、お客さんでも頷いちゃったりしてる人もいるので、「なるほど」と何かを認めているのでしょうか?
日常生活における説得力
では、何を、どのような相手に、どのように、「なるほどと認めさせる」のでしょうか?
さらに言葉の意味を理解しやすくするために、実際の日常生活においての「説得力」について、自分なりに少し考えてみたいと思います。
少し回り道ではありますが、そうすれば演奏における「説得力」のヒントも掴めるかもしれません。
例えば、セールスマンがお客さんに商品を買ってもらうためには、まずはお客さんに商品について納得してもらわないといけませんから、説得力が必要だと思います。
これで何を(商品)、どのような相手(お客さん)、というのはクリアーですね。
では、どのようにしてセールスマンはお客さんに「なるほどと認めさせて」商品を売るのでしょうか?逆に自分がお客さんの立場なら「どのように納得して」商品を買うでしょうか?
大事なことは3つあると思います。
セールスマンの立場で考えると、
- まずはお客さんに自分の正体を容認して納得してもらう。
- 最後まで話を聞いてもらう。
- 商品についてお客さんが深く理解し、納得してもらう。
反対にお客さんの立場で考えると、
- 詐欺っぽくなく信用できそうな人間である。場にふさわしい身なりや振る舞いがきちんとしている。
- 話し方が魅力的、わかりやすい、集中して聞くことができる。
- 商品についての良さや価値を理解でき、納得できる。
つまり、説得力を作る要素、プロセスとしては、
- まず、相手に自分の話を聞いてもらいやすい状態を作り(身体的な説得力)
- 自分の考えや主張を、技術をもっていかにうまく伝えられるか工夫し(話術的な説得力)
- そして伝える内容を充実させることで、相手に自分の考えや主張を深く理解させ、納得してもらう(実質的な説得力)
と、まとめることができそうです。
よく考えられがちな話の中身の説得力だけではなく、このプロセスを踏む事によってより強い説得力を得ることができると思います。
このように考えていくと、説得力とはある意味で「信用させる力」、「魅力」、もしくは「話を聞く相手を惹きつける力」とも考えることができそうですね。
では、上記で挙げたそれぞれの説得力の要素について、少し具体的に考えてみます。
①身体的な説得力
- きれいな姿勢
- 明るい表情
- 落ち着いた振る舞い
- きちんとした、場に相応しい服装
セールスマンのすごい姿勢が悪くて、ダラダラしてて暗い表情していたら、当然印象は悪いし、話を聞く気になりません。そして怪しい人に見られることもあると思います。
ブランドショップの店員を見れば、彼らはスーツを着て身なりを整え、落ち着いて丁寧に接客し、場にふさわしい振る舞いをしています。
この人はきちんとした商品を売っているんだ。という印象を持たせることは大事ですよね。
②話術的な説得力
- 堂々とはっきり話す
- 話し方に緩急がある。強調したいところでゆっくり話す。
- 声の音量の変化。
お客さんに商品の説明をする時に、早口だったりモゴモゴ言ってたら何言ってるかわからないですよね。それにやたら声が極端に小さかったり、叫ぶぐらい大きかったりしたら聞くに耐えません。
また、商品の売りどころや利点など、大事なポイントを紹介したい時には、ゆっくりはっきり話していると思います。そして声の音量も他の部分に比べると差があるように感じます。
話し方に工夫があり魅力がある人の話は集中して聞くことができ、話の内容もより深く理解できることが多いと思います。
③実質的な説得力
- 根拠がはっきりしている
- 目的が明確
- 話の構成がはっきりしている
実際に伝えたい内容になります。上記の例で言うところの、売りたい商品の説明ですね。この部分が説得力を考える上で1番重要なポイントになると思います。
「この商品はこんなにすごいんです!」といくら説明しても、理由や根拠を示せなくてはお客さんは納得できません。
そしてその商品の価値や用途をきちんと説明できなければ、何のために使用する物なのか、どんな価値があるのか、わからない事もあります。
また、説明する内容がバラバラだったり話の流れが悪いと、結局何が言いたかったのかわからなかったり、誤解を生んだりするかもしれません。。。
ここまで考えてくると、少しは説得力について具体的な展望が見えてきた気がしますね。
演奏における説得力
では、説得力についてある程度理解も深まったので、上記で考えたことを元に演奏上で応用できることはないか考えてみます。
上記では説得力を生むためのプロセス、要素は3つありました。1つずつ応用してみようと思います。
❶身体的な説得力
これは先程の例とほぼ同じだと思います。
- きれいな姿勢
- 明るい表情
- 落ち着いた振る舞い
- 場にふさわしい服装
以前ベルリンで勉強していた時、クラスの公開レッスンの際に、講師の方からこのようにアドバイスをもらったことがあります。
「オーディションや本番の時はプレッシャーがかかってネガティブになりやすいし、緊張もする。でも舞台上ではそれを聴いている人に一切見せないように。強がってでも、自信のある表情、振る舞いをしなさい。」
僕は当時すごく緊張していて、上記のことが全然できていませんでした。確かに聴く側から見ると、「この人大丈夫かな?」と不安になるし、お客さんが演奏に集中する妨げにもなります。
不安なことにフォーカスするのではなく、少しでも自信があるように見せることで、自然と自分の演奏も良い方向に向かって行きました。
❷話術的(技術的)な説得力
演奏においては楽器を扱う能力(技術面)がこれに当たると思います。
- 音がクリアーに聞こえる、音がきれい、ミスが少ない
- 音色の変化が自由にできる
- 音量の変化が自由にできる
- 音程が常に正確
- 正確なリズムで演奏することができる
これらは自分が伝えたい内容を効果的に、そして正確に伝える手段であると思います。それと同時にこの要素で、相手を自分の演奏に納得させ、惹きつけることもできるのではないでしょうか。
例えば、特に超絶技巧や技術的に難しい曲において、効果を発揮する要素だと思います。
上記の例同様、ゴニョゴニョ演奏していたら伝えたい事は伝わらないです。そして自分の伝えたい事だけでなく、作曲家が伝えたい事まで伝わりづらくなってしまいます。
ミスや技術不足など、不足している事が多ければ多いほど表現の幅は狭くなり、聴いている人の集中力は下がっていくのではないでしょうか。
❸実質的な説得力
聴く側へ伝える内容になります。上記でも書きましたが、ここが重要なポイントになるのではないでしょうか。そして私が最初に申し上げたオーディションでの演奏で、1番足りなかった部分だと思います。
- 伝えたい内容、アイデア、主張の根拠がはっきりしている
- 楽譜に書いてある情報の意図を理解している、解釈がはっきりしている
- 曲の構成、中身、流れをきちんと理解している
私が今考える上では以上の3点が、演奏の中身、内容を作る上で大事なことだと考えます。上記の3つは別々のものではなく、関連しているものです。
なぜなら、伝えたい内容やアイデアの根拠というのは楽譜に書いてある内容だったり、構成、作曲背景など色々なものが関係しているからです。
ドイツで勉強していた時にレッスンで、
「なぜそのリズムで、なぜそのアーティキュレーションで、なぜその音域で、なぜその音なのか、なぜ作曲家はそのように曲を書いたのか、、、、、そしてその要素によって得られる効果をよく考えて」
ということをよく言われていました。
これは音楽的内容に対する解釈、根拠の充実だと思います。
しかし、
根拠云々を考える前に、そもそも具体的な主張、アイデアが自分の中にあるのでしょうか?
自分が発したい主張、アイデアがないのに根拠なんて考えようがありません。
上記のレッスンではさらに、
「曲の情景、風景がどんなものなのかとことん想像し、追求し、考えることが大切だ」
と言われていました。
さらに、ここは遅くしたい/速くしたい、弱くしたい/強くしたい、、etc。演奏する曲を練習しているうちに、こういうアイデアは無意識のうちに色々と出てくるものです。
しかし私は上記に挙げた全ての事を、そのオーディション時は無意識に何となく曖昧にやってしまっていました。本当は無意識にやっていることをきちんと理解し、根拠を持って示さなければなりませんでした。
実はその団員さんにさらに言われたことがあって、
「それぞれのフレーズはうまく吹けてるけど、曲全体として何がしたいのかよくわからなかった」
と言われました。
私の演奏は音楽的中身が伴っていなかったのです。この記事を読んでこられた方の中には、「こんな細かい事、聴いてる側にはわからないっしょ」と思うかもしれません。
しかし、音楽や演奏技術で大事なことは「ものすごい小さな事柄の変化と積み重ね」だと、ドイツのトロンボーンの先生から耳にタコができるぐらい教わりましたし、私も今はそれをすごく感じています。
本当にちょっとした考え方や準備の違いで、意外と自分が思っている以上に、演奏の変化は大きくなると私は信じています。
さらに説得力を高めるには?
これまで申し上げて来た方法で築き上げた説得力を、さらに高める方法として
「客観的意見や多角的思考を取り入れる」という方法があると思います。
先程のセールスマンの例で例えるならば、その商品を使用している他のユーザーたちの感想や、その業界での他の商品との比較を具体的に示すことによって、説得力はさらに高まっていくように思います。
では、音楽でそれを置き換えるならば、どのようなものでしょうか?
客観的意見や多角的思考を得るにあたっては、このようなことが考えられます。
- 自分が演奏した録音を聴く
- おさらい会などで他人からアドバイスをもらう
- 他人の演奏を聴く
ドイツで勉強していた時には、週2回おさらい会があり、毎回先生やクラスメイトから自分の演奏に対する意見や考えをもらっていました。
そうすると自分とは違う感想だったり、考えも出てきます。
そして、他のクラスメイトの演奏を聴いて様々なヒントももらっていました。
もちろん不採用にする意見もありましたが、こういう機会は自分の考えやアイデアを示す練習にもなるし、演奏の質をさらに高める良い機会だったので、本当に重要だと思います。
説得力について考えた後の話
説得力を構築するプロセスに沿って、今まで考えてきました。しかしこれらは全て人前で演奏する際の準備や考え方に過ぎません。
さらに大事なことは、この準備したことや考えたことを本番の時に示さなければ意味がない、と思います。
今回はメンタル的なことはあまり書きませんが、緊張したりプレッシャーがかかる本番で100%の実力を出せることは、私の場合は稀です。
上記に書いた通り、おさらい会や録音を通して自分の考えやアイデアを示す練習は必ず本番で役に立つのではないでしょうか。少しでも自分が準備したり考えたアイデアを示すために、このような実践的な準備も必要になってくるのかもしれません。
、、、長いこと考えてきましたが、これで少しでも説得力のある演奏に近づけたらいいなと思います!
今回はほとんど、自分のためにあれこれ考えた感じになってしまいましたが、この記事を読んだ方にとって少しでも有益なものになっていれば嬉しいです。
以上、今回は説得力のある演奏への考察でした!
それでは!
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